消臭スプレーをかける。
洗濯物を洗って干す。
今日はシーツまで変えた。
嫌悪感のようなものが心の底に重く横たわる。
それが何故なのかは解らない。
これはそうやって何が現実なのかを自分に思い知らせる儀式でもある。
状況は何一つ変わってはいない、ということ。
あの人々は、何を願っていたのか。
それを聞いて知っていて、なお私もそれを切に願う。
けれど、もはや私しか居ないのに、その私が
それをどうしたら手に入れられるのかがわからない。
嫌悪感とはおそらく、正義感のようなものに基づく何かだ。
何か違っている、と思い、そうならざるを得ない理由を考える。
他人事のように私が私を見つめて、私が私を嘲笑する。
嘲笑された私は私に訴える。私は私に正論で返す。
また同じように、私は言葉を飲み込む。
飲み込まれた言葉は形を失い、心の底に溜まり続ける。
それが嫌悪感となって表出するのだろうと思われる。
正論とは。
相手が言葉を飲み込まざるをえない論理なだけであり
そうさせるための状況を揃えておくことだ。
それが正しいかどうかなど、実は図り得ない地平での
一種の暴力でしかない。
そういうわけで私は私に暴力を振るうことになるため
振るう私も振るわれる私もとても疲れる。
正論とは。
振るう方も労力を費やしているとしか思えない不毛の論理だ。
本当のことを言えば良いのに、本当のことをすれば良いのに、とも思うが
おそらくそうなれば殴り合いになるから正論の範囲にしておきたいのかもしれない。
どちらにしろ、正論を振るわれた方の形のないドロドロした感情の行き場はない。
こういうものを消臭スプレーのようにデオドラントするにはおそらく
感情のはけ口になる何かが有ればよいということも知ってはいるが
それは単なる暴力の連鎖にしかならないことも知っている。
結局、何も得ることはないのだ。
私なんて我慢すれば良い。
上記は、私が世界中の「正論」と呼ばれる暴力に対して嫌悪感を覚える理由の一つである。
午前5時にDVDを返しに外に出た際
ヒンヤリした空気が肌を撫でた。
夏になる前に同じ空気と色の中
マイナス方向へ動くと末代まで祟るのではと思う程
強く強く念じた想いと感覚をふと思い出した。
思い出したくないわけではなく忘れたいわけでもなく
ずっと覚えていたいし忘れたくないけど
精神衛生上良くないためお願いストップ。
とか思い、まさに「秋、まさに春愁秋思だな。」とふと思う。
今年は特に、一葉知秋、そして暗送秋波、でも一日千秋という
まさに秋風索莫たる、秋。
ウソハキライ、誰に対してもバカ正直だけでは、長生きできない。
長く生きるにつれ、触れ合っても痛くない距離を保つことが
出来るようになるがゆえ、特有の寂しさが生まれた。
それは、孤独であるということとは違う。
孤独とは、もっと隔絶した自分2人しかいない広大な世界。
若者は孤独ゆえに他人にもう1人の自分を求め
身体を重ねる。
大人は孤独ゆえに他人にもう1人の自分を求めず
暖かさを求める。
若者が解する孤独と淋しさは
大人が解する孤独と寂しさよりあまりに狭義であるが
それゆえ非常に原始的な欲求だ。
しかし本質的な人間の欲求は若者には理解され得ない。
どちらがいいやらわるいやら。
あり得ないものを他人に求めることは、
意見の相違ではなく、世界の崩壊。
意見の相違という戯言を死ぬまで楽しむには
孤独という存在に気付かずにいるか、
孤独を友とする他はない。
孤独に気付かずに入れるか否かは
悲しいかな個人のポテンシャルでしかない。
理解し合うという滑稽さを理解しつくし
自分というもう1人を自ら望んで親友とする私は
血気盛んな若者から観れば寂しい存在なのか。
孤独は素晴らしい。
世界は全て自分のもの、思い通りのワンダーランド。
まさに、春愁秋思である。
って、白居易だったっけか。ねよ。
思い出すと今でもしんどくなることのピースが山ほど夢に出てきた。
目が覚めたら、37.5度とかいう中途半端な熱があって汗だくだった。
平熱が35度代なので、この程度でも結構からだがだるい。
さらに毎月のお客様がいらっしゃりなおさらだるい。
それとは別件で病院にいくと盆休み明け初日だったので、
待つだけ待って自分の時間的な都合もあり結局診察できず。
今日やろうと思っていたほとんどを明日に回して、後は期限付きの書類を書くのみ。
この書類をかくのもだるい、明日これをもっていって赤の他人と話すのもだるい。
さらに昨日は、人生至上最高額を人に貸した。それも思い出すだけでだるい。
もう心配とか本当に返ってくるのかとかより、そういう状況は話を聞くだけでしんどい。
正直なところもう別に返ってこなくてもいいけど、私だけの問題ではないのでそうは言っていられない。
おとんが居ない時のこういう問題処理は結局、他の家族が解決できなくなったら私の所に回ってくる。
家族のことは十分好きだけども、そういう構造になっているのが死ぬほどだるい。
元気なフリをしては居るけど、それが功をそうしてか
私は私傷休暇中ということを家族は忘れ去ってくれている。
しかも、今妹の彼氏がうちに来ていてそれもだるい。
こいつはうちに来ると厚かましくもリビングダイニング居座る。
好きな時においしいコーヒーを入れに行けないしうるさいのがだるい。
今年前半はずっといつも以上に気を張ってきた気がする。
おかんや妹のように、婆ちゃんの死も「成仏しはった」とか「守ってくれてる」とか
そういう一般的な解釈もできず、その他もろもろもどの側面から考えても
結局自分にとっては好ましくはない結論にしか結びつかないお話ばかりで
正直これ以上「考える」のがしんどいが、リスクヘッジばかりしてしまって結局「考える」。
何もかもを感情的に処理したい。何もかもを独断と偏見で処理したい。
そして、いつも断言口調で無意識的にある種の他人を排除して生きたい。
常に正論や感情論で話し行い、それをよしとして胸を張って生きれる人間に生まれたかった。
もしくは完全に冷徹に生まれてきたかった、人が思ってる以上に人に同情してしまうから余計にしんどい。
結局それができずに感情的な部分でどこか確実にブレーキが掛かり、すぐに考え始めてしまう。
白い紙に十字線を引き、左上には主観を、右上には客観を、
左下には主観の項目に対する同意語、右下には客観の項目に対する同意語を書く。
そして、右下と左下をクローズアップして反意語を書き出す。
その結果、いろんなパターンの推論は立つが、だからといって
いつもそれが具体的な解決に結びつくとは限らない。
複雑な事態に対応できるようにはなるが
そのことにより自分の周囲の物事はより複雑化してしまう側面もあり、
調子の良い時は前向きな要素だけを意識し続けることが出来るが
調子が悪くなると良くない要素だけがクローズアップされてしまう。
ここ2、3日がその調子が悪い状態なのは生理前〜生理中だからか。
そーゆーことにしとこう。
今年に入ってからイレギュラー出来事があまりにも続いた。
そのことで、完全に自分の世界観とかががらりと変わりつつある。
が、所詮「つつある」という状態だから、正直将来のことを考えれるほどの余裕がない。
医者にかかるほどではないけれど
「気持ち」みたいなものに急に振り回されることも多々ある状態だから
「毎日働く」という近い未来が現実的に描けない。
1人で居ると、なんかのきっかけで急に泣いてしまったり、
急になぜあの時そう言ったのか、なぜあんな顔をしたのか、
今どこにいてどうしているのか気になって仕方なくなる。
これから何かをして生きていきたい、
というような「前向き」な状態までに持っていくのは
やはりまだもう少し時間がかかるけれど
「フラット」な状態に持ち直したことだけでも
自分自身で「私って強い!」と自信を持ち直せたから
とりあえず良しとしたい。
人は、長く生きれば生きる程、色んなものを背負う。
罪悪感や深い後悔の念。
それは、責任感が強ければ強い程強くなる。
そして悪意を持ってすればこそ、より深くなる。
どうしようも出来ないという圧倒的な哀しみ。
それは、自分に出来ることは何かを探せば探す程
心の底に広く積もり積もってゆく。
それに付随する自らの悲しさ。
哀しみから来る悲しみに、他人が出来ることはない。
他人に甘えたくらいで消える悲しみなんて
哀しみ以外の我欲で生じるレベルのものなのだろう。
耐え難い淋しさ。
孤独は良いけれど、誰かが存在しないという淋しさもまた
悲しさと同様1人で乗り越え消化すべき「感情」と呼ばれるモノ。
急にそちら側に針がふれてしまい、
急激にダメになってしまうことがまだある。
さらに、それと同列に、今の私には以前以上の幸福や喜び、安心があり、
針が両極端に振れることにより、引き裂かれる。
何が本当なのか、現実が何なのかが急に解らなくなる感じ。
私はなぜココに居るのかわからなくなる。
今までは、自分のことや世界のことばかりを考えていた。
自分が生きているということは何か。
今あるこの世界とは何か。
他人との別離は、自分にとって消化しきれないカタマリとして残り続け
それが結局は自分の死や生に繋がることで考え持ち続けてきた。
けれど、今はなんだか少しそういう今までとは違う感じがする。
自分が死んだ後に会えるとか信じるきることが出来たら
残される者は、どんなに楽だろう。
全ての人は幸せに死んでいったと思うことが出来たら
残される者は、どんなに楽だろう。
今度はせめて、大好きな人よりは、早く死にたい。
もうダメです。何もやる気が起こりません。
というか、目鼻喉だけでなく、昨日から頭痛発熱です。
鼻づまりで苦しくて何度も目が覚めることなんて当たり前でしたが、
金曜日なんてすごいですよ。
喉が痛くて起きましたから。
あまりの痛さに本気で「これは花粉じゃないかもしれない…」と
自分の人生のアンハッピーエンディングな妄想が繰り広げられました。
いや、「多分これは新しい細菌兵器なんや」と思っただけです。
妄想もやる気がないんです。
でもすごい効果あると思います。
反日感情が酷いと日本のメディアに言われているどこかの国の方々、これいかがでしょうか?
もとい、日本のメディアの方々、今度は「スギ花粉は某国の…」とかいう陰謀説なんていかがでしょうか?
ニュースも相変わらずつまらないですが、テレビ見るくらいしかできないので面白くしてください。
マクモニーグルはもう良いです。
指し示すポイントが関西ばっかなのでうさんくさく感じられます。
多少真実味を帯びたもっと面白い嘘と偏見をよろしくお願いします。
書こうと思っていることとか沢山ありますが、
blogも書いてませんね。
やろうと思っていることとか沢山ありますが、
部屋の大々的掃除も、旅行も、読書も何にもできず、
やることといえば、くしゃみはなかみ愚痴おやじ、くらいです。
新しいことに挑戦するなんてめっそうもない。
準備が必要な何かをするなんてとんでもない。
なぜ病院に行かないのかって?
そりは、「もうすぐ終わるだろう」という打算と惰性の積み重ね。
そして、注射まで打った母親の様子がなんら変わりないからです。
けんど、行きます病院。
発熱までしてはかなわん。
たとえ明日急にスギ達が発情をやめても、私は病院へ行く。
日々鼻と目の回りが赤くなるばかり。
いろんな作業が滞っておりますこと、ここを借りて陳謝。
私は短期間で人を信用するけれど、確実に裏切りそうな人に対するセンサーはあるので、あまり「裏切られた!」という経験がない。要は、信用できそうな人や、信用したいと思うタイプの人に対してはすぐに信用してしまうのだけど、どーでもいー人の言葉や態度は端から信じないのだ。良い意味で人を見る目があり、悪い意味でレイシストである。
そんなわけで、今まで、センサーは外れたことはない。
けれど、センサーの判断が遅くよくわからないのに何らかの理由(愛やら恋やら状況やら)で無理矢理「信じたい」と思った人を信じられなくなる失望感は、たまに味わう。そういうときは、客観的な判断が出来ないうちに心をあずけた自分の責任だと考えるので、
相手に失望するのではなく、自分に失望する。
甘いな、そして弱いよ君は。とても残念だ。
と声が聞こえてくる。
他人の言葉も、自分の言葉も、99%は信じちゃいない。けれど、その言葉を発した時のその瞬間は永遠な気がする。残りの1%はそれだ。「永遠を誓ったのに!」なんていう過去に対する理不尽な請求を他人には求めないし、自分にも課すことはない。書き物は残るので多少センシティブにはなるけど、ほとんどが「その瞬間の本音=後に嘘になるもの」だけだ。だから、けっこうどうだっていい。それで誰かを傷付けたらもちろん謝るけど。理由にもよるけど。
自分の言葉に責任を持ちたくないからという逃げでもあるかもしれないけれど、全ての言葉に対して責任を持とうと思えば、自分が言ったこと全てを記憶していなければならない。私は凡人なので、そんな超人的な能力はない。
他人から言われたことに対する態度がこんなのだから、噂されたりしても自分の予想以上に過剰反応はない。今はそういう時期、みたいな感じで。もともと、誰にも知られたくないことは、誰にも言わないし、事実無根な噂でも本当に解ってくれている人が居るので別に構わない。噂が面白ければ、逆に自発的に採用してみたり。
人が何か言う、それは本音か、あえてそれを言う必要がある時。
そして、思いつき、条件反射。けれどこれも「その瞬間の本音」だ。
何か言われて、考えて考えて相手が何を言いたいのか解ったら、大抵わからないふりをして過ごす。
相手が私に何かを言う場合、大抵私に対して何か変化を求めている。私は自分を変えたり何かを変えるのが得意でないので、わからないふりをしながら徐々にがんばってみたりする。好きな人がそういうのなら、モチベーションも上がる。でも、わからないふりがあまりにうまくいってしまって、「こいつは変わらん」と思われたら思われたで仕方ない。
だから、言葉だけ取り上げることなんてあまりない。
(だから、人んちにコメントつけるの出来なくなったり、コメント返すの時間かかる。)
けれど、事実の積み重ねというのは強い。
何度も同じことが繰り返されると、どんどん壊れていく。
その人がいくら愛ある人だと知っていようとも、全てがダメになっていく。
そして、それで一番ダメージを受けるのは、私なのだけど、
失望なんてすぐにまた別に希望が見つかる程度のもの。
常に持つ絶望よりは、ずっとまし。
久しぶりに書いたかと思ったら、ぼやきます。
親知らずに被っている歯茎が腫れて、物を口に入れるたびに激痛が。何もしてなくても口動かしたらたまにやつらが攻めてきます。話しづらいし。
ストレスが身体に出るパターン、みんなそれぞれあると思うんだけど、私の場合は3つくらいに分けられます。
1 免疫力低下系
2 激痛系
3 肌トラブル系
4 内臓系
生理が遅れたりっていうのはあまりない。
ちなみに、最近症状が変わってきた。歳やからか?
1は、昔は風邪引いたりしてたけど、
ここ2年は親知らずの激痛に。
2は、お腹→頭痛
3は、ニキビ→目の下のクマ
4は、吐き気から、胃重。
歳によって、環境によって、内容によって違うのかなぁ。ちなみに親友Kと妹は、とりあえずストレス溜まったら円形脱毛症。ニキビ出来るのってニキビ跡とかになって後々辛いんだけど、それがなくなったかと思ったらずーっとクマ出てるし。隠すのに必死です。健康ニナリタイ!体力ホシイ!
このままでは
私はすごく
醜い女になる
ふいに頭をかすめたその確信が
全然進まない仕事を
瞬時に楽しくしてくれた
多分そういうお年頃
分岐点、変わる最後のチャンス、良いことと悪いこと、恥をかく時、泣いて笑って開き直って、ふんばって、自分の領土から一歩踏み出さなくては
35歳の私に、申し訳ない。
基本的に。
あたしは人から「お前」と呼ばれるのが好きである。
しかし。
「お前」と呼ばれたくない相手というのも、悲しいくらいにハッキリ感じる。
初めて「お前」と呼ばれた瞬間に
「お前が『お前』って言うなよ」
と感じるタイプというのが、私の中で圧倒的に存在している。
一番「お前」と呼んで欲しい人は私のことを「さん付け」で呼ぶわりには、今日帰りの電車で本当に下品で若くて何の取り柄もなさそうな男に「お前」と言われた。世界中の恨みをこめて睨んでやったら、しげしげと去っていきやがった。
照れ笑いもなく、捨てぜりふもなく、逆ギレもせず、ネタにするわけでも謝るわけでもなく、居心地悪そうに後ずさりをしてそのまま去っていった。
だから、あたしはお前にお前って呼ばれたくないんだよ。解るか?この感覚が。わかんねーだろーな。
「私はあなたの役に立てていますか?!」
と、心の中でいつも、周りの人全員に食ってかかっている私。
財布の中身は
238円。
タバコも買えやしない
コーヒーショップの敷居が高い
ひもじくてパン屋のゴミバコを見つめる
いや、前向きに考えてみよう
238円で出来ること。
・募金
(何円でもいいから)
・百均で買い物
(消費税込みで2つ。ギリギリセーフ)
・切手を買って友達に手紙を送る
(友情も深まる)
・100円玉で買える温もり「熱い缶コーヒー」握りしめる
(尾崎豊風に、しかし時代は変わり、1回だけ)
・100円均一ビデオ屋へ
・コンビニアイスクリーム
(どうせ食べるならハーゲンダッツがいいけどギリギリアウト)
・フェリックスガム23個
(のすたるじー)
…子供の頃は238円は大金だったはずなのに…、絶対何か買って楽しんでいたはずなのに…
募集します。238円で楽しめること。うぅっ
「あたし、顔になんか付いてるんかも…」
とハッとする時は、ダメな時。普段は気にならないし、みんなそうやろうと思うし、勢いがいい時は「見んなよごらぁ?!」とケンカが売れるのですが。視線のやりとりとか、振り向かれても。最近ずっとダメでやられてるんだけど、今日は特別ダメみたいです。
振り向かれるような美人であるはずもなく、泣いてさまになるような美しい人でなければ、泣いてはいけません。だけど、今日は特別ダメみたいです。
だってほら、今前に立ってるオヤジがスポーツ新聞をあたしの膝にぶちまけても、謝りもしないので。
どっちにしろ、こらえきれない場合はまず、歩きながら唇をギュッと噛みます。あと、人が向こうから歩いてきても、絶対道を譲らないように。それでも無理なら握りしめましょう。爪が折れると困ると思い始めたら、次は迷惑にならない程度に公共物に当たってみます。
それでも無理なら、上を向かなければなりません。マスカラとアイラインが滲んだ女の顔は、なおさら美しくない。涙が、頬を伝うようにはらはらと泣いてもいいのは美しい女だけだ、というのは世間の常識であります。美しくない女は、伝うものが耳の穴に入ってきそうなくらい上を向かなければなりません。
美しくない女は、悲しいです。美しくない女ほど、キレイにしておかなければ迷惑なので、美しくなりたい、と言うのです。
人間は、見た目ではありません。
女も、見た目ではありません。
美しくない人間は、美しくない。
美しい人は、何もしなくても美しい。
私は、悔しい。
週末家でまで仕事したくないっす。
週末の休み、休みたいっす。
3時間睡眠は、どうも眠いっす。
この間買ったDVDが見たいっす。
友達に会いたいっす。
買い物がしたいっす。
彼氏と丸2週間以上会ってないっす。
早く仕事が解るようになりたいっす。
目の前のことを片付けるのが精一杯な毎日は、
なんだか成長がない気がしてきついっす。
てゆうか。
てゆうか、頭と背中が痛いっす。
朝起きたら、声が出ないっす。
時間が足りないっす。
5日ぶっ通しで徹夜とか平気になれれば、
仕事もすすんで、
自分の時間も作れるのにな。
そうそう、英語やりたいんす。
この間友達と決めたんす。
ほんっと、買い物にも行きたいんす。
きちんとしたご飯が食べたいっす。
せめて、週末日雇いバイトとかいけるとマシになるんだけどなぁ。
<解決法>
もっと体力をつける
ボス2人がステキに見えてきました。
末期でしょうか?
正しいのでしょうか?
それすらわかんないです。
・ファーストフード店Mのセットメニュー。カフェオレがセットに出来なくなっていることに今更気付き、店員さんに「え〜」とぼやいたら、秘密でMカフェのカフェオレをつけてくれたこと。
+3点
・自動ドアに突っ込んで頭を強打
−5点
・蓋がしまっている便座に座ってヒヤッとした
−2点
・50円玉を拾う
+2点
・買い物をしまくる(CD・DVD・本)
±0(楽しみと同じ分だけ出費)
今日は−2点でした。
胃の塊がなくならない。全ての景色が、まるで日曜日の晴れた陽に照らされた団地みたいに、輪郭がはっきりしすぎて白々しく見える。すべてのタイミングには見放されている。ベッドについた血と、人間のにおい、隙間から入り込んでくる風の感触は他人事。
一人になる必要があるのは解っているんだけど、何をすればこれが解消されるのかが解らないのが怖いなぁ。怖いなぁ。逃げ続けるとこうなるので、気をつけてくださいみなさまがた。
トイレに座った瞬間に
胃の奥の方から喉へ固まりが登ってきた。
重くしびれるような何か。
同時に視界が曇ってくる。
涙だ。
こういうとき、誰かの声が聞きたくなる。
ポケットの携帯を開いてみても
そこにある記号のどれかを選ぶことはできない。
愛が欲しい。
誰かの愛ではなくて
自分の中に。
舌打ち一つ。
MTVでレディオヘッドのサマソニの時のライブが始まる。
ビデオ撮らなきゃ
という適当な理由で忘れて
また仕事をします。
トム・E・ヨークが遠い。
ライブに行きたかったなぁ。
でも
顔
合わせられないや。
なんか最近の私は誠意がない。
ふざけんなよ、宙ぶらりん。
私以外の人は
とても器用だなぁ。
丸大がはなしているとおりです。そのせいで今日は災難です。音楽すら聞く気がしない。丸大の病院代がかさみ、日曜日にも病院にいかなければなりません。10日に落ちるカードのお金が払えそうにありません。仕事が休みの日は、日雇いでもしてみます。休む時間がありません。今日もこれから持って帰ってきた仕事をします。でもしかたありません。丸大は不幸だと思います。総理はまるまると太り、健康です。わたしはそこに社会の縮図を見てしまいます。『平等』とは、それが意味している現象がないからこそ、その言葉が存在し、叫ばれているのだと改めて切実に思いました。
私は滅多に願い事をしませんが、したことのある願い事は全て叶いませんでした。丸大、という名前に込めた小さな願い事も、早速叶わぬ夢となりました。そんなこともあって、今日は久しぶりに自分だけが不幸であるかのような気分になりました。ある人から見れば私は幸せなのかもしれませんし、違う人から見れば私は不幸せなのかもしれません。五体満足でまだ25年しか生きておらず、歯と頭が痛いこと以外は健康で、私を好きという男が何人かおり、家族も健康で仲が良く、好きなことを仕事にしています。しかし、精神的に弱く、傷つくのが怖くてなかなか人を好きになれず、さいきん保護してしまった猫は長生きが出来そうにもなく、願い事は叶ったことがなく、高校時代は最悪で、おかげで性格は曲がっていますし、給料は安いし、家にお金を入れれないので肩身が狭いし、いつ死ぬかわからない大事なものが3つもあっていつも心は落ち着きませんし、見たくないものばかり見てしまう運命であるかのようですし。
いつもは幸せなふりをしていると幸せな気分になれるのですが、今日だけは無理でした。私の願いは叶うこともないし、誰のことも救うことなんてできないばかりか、誰かのことを傷つけることしかできない。無力です。しかし、人間ってそもそもそういうもんなんですよね。どんなに高尚なことを言っても、どんなに偉くなっても、どんなに金持ちになっても、どんなに才能があっても、叶わないことは山ほどあるんです。だから欲しがるんですか。選ぶんですか。そうやって、その戦いに『自分で選べないもの』まで巻き込みますか。巻き込んで傷つけますか。ふぅうん、そう。そうですか。だからきっと私も誰かを傷つけますか。そうですか。そうですよね。
(解決法)
こんな世界なんてぶっこわれてしまえばいいんです。
最近の私は、焦っています。新しい会社で新しいことをするわけですが、全く知識が追いつかないので何もできることがないのです。無駄な時間を過ごすのがイヤで、とりあえずパソコンをひらいていないと落ち着かないというわけです。ヤですね、余裕ないのって。ああヤダヤダ。ぼーっとしているのが怖い。何か仕事に関係してることをしていないと、不安。休みでも、朝早く起きて無駄にちゃきちゃき掃除したりとかしてしまいそうなテンション。
わかりますか?
体のリズムがめちゃくちゃ早いんです。うまくいえないけど、それで何かがうまく行くというわけでもないのに、リズムが早い。頭の回転ではなく、体のリズム。あぁ、無情。イラチと化しているわけです。大変だなぁ、あたし。と頭の隅っこでもう一人の自分がつぶやいています。
わかりますか?
早く慣れたいですよ、仕事に。でも、楽しいです。いろんな新しいこと、知らなかったこと、沢山知れるんです。
わかりますか?
わかんないですか。
もう2月か…
早い。早い。そういえば。小学校の時、大人が「年々時間がたつのが早くなるわー」というようなことをしきりに言っているのを聞いて、自分もそんな気がして、一つの仮説を立てた。たとえば、3歳の時って「一生のうち3年しか生きてない」わけで、40歳の人って「一生のうち40年生きてる」わけで、じゃあ3歳だと3年のうちの1年が経ったわけで、40歳だと40分の1が過ぎたわけで、
あ、そりゃ年々1年が短く感じるわ!
と。あほらしいんですが、今でも結構そう思ったりします。やだなぁやだなぁ。おやすみなさい。
薬が切れて起きて、
無理矢理おじやを詰め込んで薬を飲んで、
やっと効いてきた午前3時47分。
平日のこんな時間に起きるとは、病気の特権か。
昨日の絶好調の時、38.5度とかそれくらいありました。
しんどいときに熱を測ると「あぁ…」と
余計にしんどくなるのでなるべく避けるのですが、
仕事に行くためには「今どれくらいか」を知らなければならぬと思い測りました。
さっき測ると、37.9度。
脅威の回復力です。
薬が効いてくるととても健康な気分になるけれど、
まだダメです。
薬ってすごいです。
ここまで寝込むのは何年ぶりかしれません。
もともととても健康な人間です。
フラフラするのなんてレアなので、
吐いたりしながら楽しんでいます。
でも、しんどい。まじで。こりゃひどい。
風呂に入っていないのも最長記録です。
3日。
これもつらい。まじで。こりゃひどい。
最近急に寒くなったので、みなさんも風邪にはご注意ください。
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